桐箱をつくり 継ぐ子もなきを幸せと 光る刃先を灯に翳す夫

指物師としての廃業を決め道具を仕舞う日の職人の姿を、その妻が詠んだ歌だ。6代続いた家業を自分の代で廃業した。胸の内を慮ると、なんとも言えない思いが込み上げる。しかし職人は跡継ぎがいないことを幸せだと言ったというのだ。

「この商売は先行きが暗い。跡継ぎがいたとしてもいずれ廃業や」と。誰かが跡を継いでも需要が先細る。伝統だなんだと言っても、社会から必要とされなくなるはずだというのだ。苦悩を受け継ぐことになると。

今、伝統としての手技を受け継ぐこと、守り伝えることの大切さがささやかれる一方で、経済という尺度はそういったものの存在を脅かす。指物師としての家業も、指物師としては成り立つが、家業としては成り立たなくなった。

だから当然のように、職人は廃業を受け入れたのだ。そうやって廃業を、手技の断絶を受け入れる職人は多いはずだ。経済という尺度は、本格・本物の継承を困難にする。そこで受け継がれるのは苦悩と失望と後悔だけなのかもしれない。

消えゆく本格の職人の姿、手技を、社会の記憶として次の世代に伝えることはできないのだろうか。でもそれは生き残るにふさわしい家系、家柄、各式に裏打ちされた職人、手技、作品だけではなく、残したい、残さなければ、でも残せないという切実な心のはなしを含めてだ。

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